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  • 阪神電鉄

    阪神電気鉄道株式会社(はんしんでんきてつどう、Hanshin Electric Railway Co., Ltd.)は、大阪と神戸を結ぶ鉄道を運営している会社。通称は「阪神電鉄」「阪神電鉄KK」または「阪神電車」、略称は「阪神」、キャッチコピーは「“たいせつ”がギュッと。 阪神電車」。阪急阪神ホールディングスの完全子会社であり、阪急阪神東宝グループの企業である。日本の大手私鉄の一つである。

    路線

    路線図

    本線阪神なんば線が阪神の主要路線である。本線は大阪・キタ大阪梅田駅から神戸随一の繁華街ターミナル駅神戸三宮駅を経由して元町駅に至る。JR神戸線東海道本線)及び阪急神戸本線と競合関係にあるが、線路の曲線や駅数が多いため、両者より所要時間の面では不利である。また元町駅から西側は神戸高速線を経由して山陽電気鉄道本線山陽姫路駅まで直通運転を行なっている。阪神なんば線は大阪・ミナミ大阪難波駅から尼崎駅を結ぶ路線であり、大阪難波駅からは近鉄難波線奈良線に直通して近鉄奈良駅まで至る。2009年の阪神なんば線の開業により、神戸三宮 – 大阪難波 – 奈良を結ぶ広大な私鉄ネットワークが完成した。また、山陽電気鉄道に加え近鉄とも直通乗車、阪急に加え南海とも直接乗り換え可能になり、関西の大手私鉄5社のうち京阪を除く4社の路線とJRや地下鉄を介さずに直接乗り換えることが可能になった。関西の大手私鉄では唯一、大阪の2大繁華街であるキタ・ミナミの双方に自社路線で乗り入れている。

    明治時代、開業にあたって官鉄線(旧国鉄東海道本線、現在のJR神戸線)との競合を危惧する鉄道作業局側の反対から私設鉄道法での許可が得られず、この問題を回避するため、当時まだ内務省単独所管だった軌道条例準拠による軌道敷設申請を行った。これは軌道が道路交通の補助であったことに加え、当時の内務省幹部で、土木工学の大家として都市交通について造詣の深かった古市公威から「線路のどこかが道路上にあればよかろう」との了解を得たことで実現した。これらの経緯からと集客を目的として西国街道沿いの集落を結ぶルートを選択した名残で各駅間が平均1kmと短く、駅の数が多い。

    京都電気鉄道名古屋電気鉄道大師電気鉄道小田原電気鉄道豊州電気鉄道江之島電気鉄道宮川電気東京電車鉄道、東京市街鉄道、東京電気鉄道大阪市営電気鉄道横浜電気鉄道土佐電気鉄道に続く日本で14番目の電鉄運営事業者であり、開業当初の線区が現在も存続するものとしては日本で4番目に古い(いずれも日本の普通鉄道では初めての電車運転(1904年)である甲武鉄道を除く)。大阪と神戸という大都市を結んで、日本における都市間電気鉄道(インターアーバン)の先駆けにもなった鉄道でもある[注 1]

    阪神の社紋

    電気を表徴する稲妻レール断面を菱形に囲んだだけの、開業以来変わらぬシンプルな社紋に、その歴史が現れている(社紋は右の画像を参照。大手私鉄で円形をモチーフにした社紋を採用したことがないのは阪神のみである)。

    1920年にメインの路線である本線に並行して、阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)が神戸本線を開業させると、乗客獲得競争を繰り広げるようになった。それは、車内でハンカチを乗客に無料配布するといった身近なものから、他社の営業活動をお互いに妨害するという過激な事態にも及んだ(詳しくは「阪神急行電鉄」を参照)。阪神はこの頃から、大阪 – 神戸間の多頻度運転を進めることになり、「待たずに乗れる阪神電車」と言うキャッチフレーズがよく知られるようになった。2006年の経営統合後の阪急は兄弟会社であり、共存共栄・棲み分けがはかられている。2014年7月には尼崎工場で阪急の車両を能勢電鉄仕様に改造するため、阪神の線路上を阪急の車両が走っている[28][注 2]

    1969年より1975年にかけての国道線およびその支線区2線の廃止開始直前の総営業キロは75.1km(うち国道線系34.1km、本線系41.0km[注 3])であった。 1975年に国道線など軌道線区間を全廃した時には総営業キロが41.0km(これには当時休止中であった武庫川線の武庫大橋駅 – 武庫川駅間の1.5kmを含む)まで減少し、1984年の武庫川線0.6kmの延伸で41.6kmとなった後、翌1985年の武庫川線休止区間の廃止で40.1kmになった。これに第二種鉄道事業区間の神戸高速線および阪神なんば線延伸区間を含めても48.9kmで、1990年相模鉄道が大手私鉄へ昇格するまでは、大手私鉄の中で営業距離が最も短かった。

    保有路線は殆ど平野部または臨海部に所在することから、3か所あるトンネルはすべて地下トンネルであるため、関西の大手私鉄5社で唯一山岳トンネルを保有しないのが特徴である[注 4]

    1951年4月1日武庫郡鳴尾村西宮市と合併したことにより、関西の大手私鉄では最も早く路線と駅の所在地が全てとなった[29]

    現有路線

    駅ナンバリングの路線記号はすべてHS (HS)

    廃止路線

    未成線

    他社線との直通運転

    相互直通運転では、通常は鉄道運転業務上や車両管理上、他社と形式や車両番号が重複しないように対処している。しかし、神戸高速鉄道乗り入れ開始時の経緯から、阪神の在籍車では5000番台(5001形など)が直通する山陽5000系列と一部重複する車両番号となっている。また2009年3月20日からは西大阪線延伸に伴う近鉄との相互乗り入れ開始に伴い、同社奈良線在籍の近鉄5800系と5820系も直通運用に充当され、3社の5000番台形式車が阪神電鉄線上を走ることになった[注 5]。また近鉄1252系や9820系なども乗り入れるようになったため、1000/9000番台形式も重複する。

    なお、阪急電鉄・神戸電鉄にも5000系電車(阪急5000系電車神戸電鉄5000系電車)が存在するため、神戸高速鉄道には、直通運転に参加している4社すべての鉄道会社の5000系電車が乗り入れている。阪神3000系が廃車される2003年までは、3000系も4社全てが保有していた。また2000系も4社とも神戸高速鉄道に乗り入れていた。

    京阪電気鉄道の開業時には大阪市電を経由して、阪神が京阪天満橋駅まで、京阪が阪神梅田駅(現在の大阪梅田駅)まで直通する構想があり、阪神1形電車と京阪1形は寸法・性能ともほぼ同一で設計されていた。だが後に比較的大型の路面電車を走らせることになる大阪市電は、まだ小型車のみで運行しており、「乗り入れるなら市電と同じサイズで」と要望があったため、折り合いがつかずに頓挫した[33]

    共同使用駅

    元町駅2010年10月1日より阪神と神戸高速鉄道共同使用駅から阪神の単独駅となった。

    車両

    かつては子会社に武庫川車両工業を有していた関係で、現有車両は武庫川車両工業製が半数以上を占めている。例外的に9000系全車と5500系の一部が川崎重工業製であるほか、武庫川車両工業が解散してからは5550系のみアルナ車両製(車体のみ)で、それ以降の1000系5700系は全て近畿車輛製である。なお、1960年代頃までは汽車製造製や日本車輌製造製の車両も在籍していた。

    2016年に5700系が鉄道友の会ブルーリボン賞に選定され[34]、阪神の車両として初の鉄道友の会BL賞(ブルーリボン賞・ローレル賞)を受賞した。

    2015年3月以降、全車両の先頭車運転席側に「たいせつが、ギュッと」マークを取り付けている。

    関西の私鉄では車両を長期間使用することが多いが、阪神では車両冷房化をいち早く進めたことから、その対象から外された初期の大型車は登場から20年ほどで廃車になる車両も見られた。平成期以降は他社と同様に更新工事を行い、長期間使用する方針に改めている。

    大手私鉄では2021年現在唯一、JRグループや他社で見られる復刻塗装を実施した例がない。また、路線距離が短いことや通勤需要に特化した路線のため、在阪大手私鉄では京阪電気鉄道とともに観光列車を保有したことが無い。

  • 阪神電鉄本線

    本線(ほんせん)は、大阪府大阪市北区の大阪梅田駅から兵庫県神戸市中央区の元町駅までを結ぶ阪神電気鉄道の鉄道路線である。

    大阪・キタの大阪梅田駅から神戸最大の繁華街に位置する神戸三宮駅を経由して元町駅に至る。開業は1905年(明治38年)と古く、日本における都市間電気鉄道(インターアーバン)の先駆けとも言える路線であり、尼崎駅と大阪難波駅を結ぶ阪神なんば線とともに阪神電鉄の主要路線である。

    大阪と神戸の間を結ぶ鉄道路線は他にJR神戸線(東海道本線)と阪急神戸本線とがあるが、本路線はこの中では最も海寄りを通り、また路線敷設の経緯から線形は良くないため、阪神間の3路線の中では最も速達性に劣る。駅数も最も多いだけでなく、平均閉塞区間間隔は日本の大手私鉄では最短の240mであり、速度の異なる多数の列車をさばくことに役立っている。車両は特急・急行用と普通用とで使い分けられており、その車体色から急行用は赤胴車、普通用は青胴車と呼ばれている。普通用車両(青胴車)は後続の急行列車から逃げ切るために加減速性能が高いジェットカーと称される車両が採用されている。

    元町駅からは、阪神が第二種鉄道事業者として旅客運送を行っている阪神神戸高速線と直通運転しており、同線を介して大阪梅田駅から山陽電気鉄道本線の山陽姫路駅まで直通する「直通特急」を運行している。また、阪神なんば線を経由して大阪難波駅から近鉄難波線・奈良線とも相互直通運転を行なっており、神戸三宮駅 – 近鉄奈良駅間を快速急行が70分台で結んでいる。このように関西大手私鉄の中では他社間との相互直通運転が盛んに行われている。ただし本路線を介した山陽電気鉄道と近鉄の相互直通運転は行われていない。

    混雑地域を通ることから連続立体交差事業が盛んで、起点側の大阪梅田駅 – 福島駅(を少し過ぎたJR大阪環状線との交差部分手前)間、及び終点側の岩屋駅 – 元町駅間は地下化され、それ以外の区間でもほぼすべての区間が高架化されており、地上区間は7箇所の踏切が所在する芦屋市内のみとなっている。そのため、全線における踏切は、尼崎市にある武庫川駅(大阪梅田駅から12.0km)東隣の武庫川堤防道路と交差する武庫川駅踏切と、芦屋市内の7箇所に加えて、高架線から地下線へと入る西灘駅 – 岩屋駅間にある岩屋踏切の、計9箇所のみとなっている(駅構内の係員専用通路を除く)。

    キロポストは神戸三宮から大阪梅田に向かって純粋に数字が増えていく。起点は大阪梅田だが、キロポストの数字の増える方向は逆になっている。また、神戸三宮 – 元町のキロポストは、この区間は湊川への延伸線として開業した名残で、湊川を起点とした距離が記されている。

    路線データ

    • 路線距離(営業キロ):32.1 km
    • 軌間:1435 mm
    • 駅数:33駅(起終点駅含む)、2信号所
    • 複線区間:全線
    • 電化区間:全線電化(直流1500 V)
    • 閉塞方式:自動閉塞式
    • 営業最高速度:106 km/h
    • 最大編成両数:8両(土休日のみ、平日は6両)

    Wikipedia

  • 車両

    阪神9300系電車

    阪神9300系電車(はんしん9300けいでんしゃ)は、阪神電気鉄道が2001年に導入した優等列車用の電車。

    直通特急のクロスシート率向上及び、老朽化が進んでいた3000系の置き換えのため、1954年の3011形以来47年ぶりとなるクロスシートを導入した急行系車両として、6両編成3本18両が武庫川車両工業において製造された。

    先に登場した5500系と同様、従来の急行系車両と大きく印象を変えた塗装で登場した。

    外観では8000系タイプIVや5500系、性能面や搭載機器では9000系をベースとしており、前面のデザインや塗色、座席こそ大きく変わったが、1980年代後半以降に確立された阪神の車両スタイルを継承している。

    なお、武庫川車両工業は2002年をもって解散したため、9300系が阪神最後の武庫川車両製の形式となった

    9501Fは2001年3月6日に竣工し、同年3月10日のダイヤ改正では正面・側面に記念ステッカーを貼り付け、梅田駅10時00分発の姫路行直通特急から営業運転を開始した。これに伴い3000系3105F + 3106Fを廃車にするとともに、直通特急から準急まで、阪神本線・山陽電気鉄道本線で急行系運用に幅広く充当された。翌2002年2月には9503Fが竣工、これに伴い3107F + 3108Fが代替廃車された。続いて同年9月24日には9505Fが竣工した。この時、車両需給の関係で3111F + 3112Fが予備車として翌年3月まで残ったが、2003年3月16日付けで廃車され、3000系は消滅した。

    3000系の置き換え完了および車両需給の関係から、9300系の製造は3本で終了した

    本系列はクロスシート車であるため、近鉄奈良線への乗り入れ運用への対応工事は実施されていないが、近鉄との乗り入れに合わせて他形式車両と同様に従来のバンドン式密着連結器から廻り子式密着連結器への換装を開始した。これは既に阪神しかバンドン式を使用しておらず、1974年以降は製造自体が中止され、廃車発生品の使い回しを何度も繰り返していたが、ついには部品不足となっていたことにもよる。2007年7月下旬には3編成全ての連結器の交換が終了した。連結器の取り付け高さを若干高くしたことから正面下部に切り欠きができている。

    デビュー当初は中間車のクロスシート部にはつり革がなかった(扉上部のみ設置)が、2013年時点ではクロスシート部にもつり革が追設されている。

    2013年には9401の集電装置が下枠交差式からシングルアーム式に交換され、8月3日に営業運転を開始した。その後2014年に9402が、2015年に9505Fおよび9503Fがシングルアーム式に交換され、9300系は全編成がシングルアームパンタグラフになった

    2013年秋ごろから、車内案内表示器からランプ点灯式の路線図を撤去してLEDスクロール式案内表示器のみとする改造が行われ、現在全編成撤去が終了している

    2014年には、姫路寄り先頭車1号車(9501形偶数番号車)山側に「上り大塩駅ではこの扉は開きません」のステッカーが貼られた。

    Wikipedia